この人には、やはり世界の舞台がよく似合う。

石川県珠洲市にあるスズドリームクラブ(SDC)を指導する浅田久美先生。
元女子日本代表監督である。
昨年に続き、先日バンコクで開催された世界ユース選手権にコーチとして帯同した。

珠洲から世界へ。
そのビジョンを胸に、ご主人の浩伸氏と共にウエイトリフティング教室を立ち上げたのは5年前。

それから2年後の2014年の夏。
全国中学生選手権に、大勢の子供たちを引き連れてやって来た久美先生。
その人数に圧倒されている管理人に、「数で勝負!」と、いつものノリ。

「遊びたい盛りの子供たちを、どうやってウエイトに引き付けてるんですか?」と質問する管理人。
あまりにも真剣に尋ねたので久美先生は一瞬 口ごもったが、すぐにいつもの先生に戻り、「お菓子で釣る!!」と一言。

久美先生らしい解答だが、お菓子だけで厳しい練習に繋ぎ止めておくことなどできないということを、一番わかっているのも先生自身だろう。

今やSDCは数だけではなく、その実力も備わってきた。
日本を飛び出し、世界に進出する選手が育つまでにいたっている。

かつて南部工業高校の選手が、「僕たちが、屋良先生を世界へ連れて行く」と言っていたのを思い出した。
なんとも頼もしい教え子である。

長く珠洲に引きこもっていた(笑)久美先生を再び世界へ連れ出したのは、二人の女子選手である。
昨年の世界ユースに出場した中島一馨選手。
そして今年、中島選手に加えて山下笑佳選手が世界ユースのプラットに立った。
彼女たちや国内で活躍している他の選手たちが、さらに大きな世界の舞台へ恩師を誘うことを期待する。

幼かったSDCのメンバーたちも、時と共に成長した。
人生の節目を迎える中で、やがて石川県から巣立って行く選手も起こるかもしれない。
そのとき彼らは、新たな指導者の下でウエイトと向き合うこととなるだろう。

けれども彼らは忘れない。
初めてバーベルに触れたあの日…
誰がシャフトの握り方を教えてくれたかを。

愛された日々の記憶は、血液と共に彼らの全身を巡っている。
たとえ将来、故郷を離れる日が訪れたとしても、彼らは決して忘れない。
育ててくれた人の名を。

<参照>
リフター魂57 “元祖”美女リフター
リフター魂40 浅田浩伸選手


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よっちゃん&久美先生
管理人が最初に出会ったSDCのメンバー
(全国中学生選手権にて)

この大会で活躍した選手たちの記事
リフター魂65 全国中学生選手権2014①
リフター魂66 全国中学生選手権2014②

この大会結果により、長崎国体の女子イベント事業に中島選手と小林紗良花選手ら5人の中学生が出場している。
彼女たちは女子選手として、初めて国体のプラットに立った。
リフター魂67 女子中学生リフター
リフター魂68 長崎国体記念全国中学生選抜大会

金メダリストからのオファー。
迷いはなかった。
高校4冠を携えて、彼は2年前、東京国際大学の門をくぐった。

オリンピックのメダリストを育てたい。
2020年東京五輪開催決定を受け、東京国際大学に新設されたウエイトリフティング部の監督に就任した三宅義信氏。
そのビジョン実現のために白羽の矢が立てられたのが、当時高校2年生だった宮本昌典選手である。

レスリング選手だった父・裕二氏のDNAを受け継いだ… はずだった。
ところが、幼き日に始めたレスリングは連敗の日々。
彼の性格上、対戦相手に攻め入ることがどうしてもできなかった。
そんなわが子の姿に心を痛めた父は、彼をウエイトリフティング教室へ通わせることにした。
父のこの決断が、日本男子ウエイト界にニューヒーローを誕生させることとなった。

指導に当たったのは、沖縄工業高校の平良真理先生である。
オリンピアンの平良先生は、彼にとって憧れの存在。
小学6年生の小さな心は躍った。
平良先生の指導の下で成長していった彼は、中学記録、高校記録を次々と塗り替えて行く。

そして2015年の春、高校チャンピオンは、万全の受け入れ態勢で東京国際大学に迎え入れられた。

故郷を離れ、埼玉で暮らす日々。
環境の変化や指導方法の違いに戸惑うことは誰しも経験する。
彼も決して例外ではなかった。

伸び悩む彼の記録に、遠くから心配していたのは恩師・平良先生である。
半年後に帰郷した彼は、先生のもとを訪ねた。
するとたちまち元気を取り戻し、勢いに乗ったという。

沖縄で心配していたのは、平良先生だけではない。
記録よりも、その健康を心配していた人。
母・由美子さんである。
慣れ親しんだ母の手料理も、彼の復調を後押ししたことだろう。

彼に尋ねてみた。
「大学の食事とお母さんのお料理、どっちが美味しい?」
彼はにっこり微笑んで「種類が違いますから…」と。
話の流れの中でふと出た質問だが、我ながら愚問であったと省みた。

栄養士が、アスリートのためにデータをベースに作成したメニュー。
母が、息子のために愛情をベースに作った手料理。
確かに種類は違う。
比較できないのは当然である。

埼玉での大学生活も、まもなく2年が過ぎようとしている。

現在、69キロ級のスナッチとトータルでジュニア記録・大学記録を有する彼。
「残るジャークも揃えたいね」と言う管理人に、「はい」と答え、そして彼はこう続けた。
「日本記録もです」

日本記録!?
驚いて69キロ級ジャークの日本記録を確認した。
なるほど。
手が届かない重量ではない。

昨夏、Riocentro Pavilion(リオ五輪で重量挙げ競技が行われた場所)で、三宅宏実選手の銅メダル獲得の瞬間を目の当たりにした彼。
その見つめる先は、2020年東京五輪。
さらにはその4年後の大会である。

幼き頃、嫌々やっていたというレスリングの練習。
彼のフォームのしなやかさは、その練習で培われたものである。
人生において、無駄なことなど一つもない。

中学・高校時代、平良先生からそれぞれの種目をきっちりと指導された彼。
そして大学では、三宅敏博コーチの下でパワー系の練習に力を注いでいるという。

素直な彼は100パーセント受け止めて、それを力に変換する。
直き心の故に愛されて、彼は今日、20歳の誕生日を迎えた。

育んでくれた南の島。
レスリングで負け続けた日々、慰めてくれた青い海。
ウエイトで頂点に立った日、祝福してくれた優しい風。
「沖縄が恋しい」と彼は語る。

それでも彼はきっぱりと言った。
「オリンピックを目指すなら、(大学卒業後)沖縄へは帰れません」と。

ウエイト王国の小さなプリンス。
あどけなかった少年リフターは凄まじい勢いで成長を遂げ、いつしか巣立ちの時を迎えていた。

2年前の春、那覇空港を離陸した彼は、その翼に夢を乗せて、今も大空高く飛び続けている。


<関連記事>
リフター魂47 男子62キロ級
リフター魂62 全日本選手権2014②
リフター魂86 東京国際大学ウエイトリフティング部


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リフターとしては、決して恵まれた手ではないようである。
それでも「(糸数)陽一さんの手に似てるんです」と言ったときの彼は、少し嬉しそうだった。
糸数先輩に続き、この手で日本記録&オリンピックを目指す。

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20歳のお誕生日おめでとう♪

「真の国際人の養成」を教育理念に創学された東京国際大学。
その理念はスポーツ分野にも活かされ、近年、同大学の体育会系の活躍が目覚しい。
指導陣には名立たる人材が揃い、世界を見据えて各部の活動が行われている。

東京五輪の開催が決定した3年前、ウエイトリフティング部創設の準備が始まった。
五輪金メダリストの三宅義信氏を監督にいただき、元女子日本代表監督の三宅敏博氏をヘッドコーチに迎えてウエイト部が船出したのは、2014年4月のことである。

1年目の部員はただ一人。
敏博コーチの熱烈なラブコールに応えてパワーリフティングから転向した芳陵青空選手。
昨年、高校記録保持者の宮本昌典選手らが入部。
そして今年、同じく高校記録保持者の石井未来選手らが加わり、部員は16名。

今月、大阪・羽曳野で行われたインカレⅡ部の大会に、貸切の大型バスで埼玉から乗り込んできた彼ら。
インカレ初参加でⅡ部の頂点に立ち、一気にⅠ部昇格を決めた。

歴史と伝統を持つ強豪大学が、、その威信を賭けて挑んでくるインカレⅠ部。
意地と誇りがぶつかり合う中で、彼らは来年戦うことになる。
(女子のインカレは来月に行われる。)

創部3年目。
3年生の芳陵主将と1年、2年のフレッシュな部員たち。
その瞳は、未来と希望に満ちていた。

大学日本一を目指す彼らの戦いは、まだ始まったばかりである。


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はびきのコロセアムにて


次回、Ⅰ部昇格の立役者の一人、宮本選手について書きたいと思う。
彼のことは、下記の記事でも取り上げている。

リフター魂47 男子62キロ級
リフター魂62 全日本選手権2014②

一気にバーベルを引き上げるスナッチは1秒半の技。
その一瞬のために、4年間モチベーションを保ちながら技と精神を鍛え上げる。

WL協会前会長の小池百合子東京都知事の言葉である。
三宅宏実選手のリオ五輪銅メダル獲得を受けて、しばしばメディアやSNSでこの内容の言葉を発信されている。

管理人は、選手の名前がコールされた時から試技は始まっていると考えている。
時計が動き始め、リフターは心を整えプラットホームへ向かう。
プラット中央に鎮座するバーベルを見下ろし、集中力を高め、そしてシャフトに触れる。

その時点ですでに試技は始まっていると考えていたし、今もそう思っている。
それでもわずか数十秒である。

小池前会長は、さらに短い“1.5秒”という時間軸を強調された。
リフターは、その一瞬に全てを懸けるということか。

離床したバーベルを頭上で制止させるまでの時間。
その間、彼らは何を見、何を思うのだろう。

瞬きのような刹那。
ファーストプルに始まって多くの動作をこなすリフター。
彼らにとっても、やはりそれは1.5秒なのか。
それともスローモーションで流れて行く世界なのか。

「ウエイトリフティングは非常に繊細な競技です」と、メダリスト・三宅選手は語る。

リオ五輪の閉会式で、オリンピックフラッグが小池都知事の手に引き継がれた。
パラリンピックも閉幕し、アスリートたちの新たな4年が始まった。

そしてリフターたちは、1.5秒のために心と技を磨く。
2020年東京五輪を目指して…。


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国内外の試合会場や練習所に度々足を運び、選手を激励してくださった小池前会長。
前会長がいらっしゃると、その場に大輪の花が咲いたようだった。♪

都知事の職務に専念して諸問題を解決し、東京五輪・パラリンピックの成功に向けて力強く前進していただきたい。

3年間、ありがとうございました(^_-)-☆

リオ五輪重量挙げ全日程終了

三宅選手、銅メダルおめでとう♪


傷ついた心と体でメダルを死守した三宅宏実選手。

リオ五輪を間近に控え、「心の痛み止めがほしい」とつぶやいた彼女。
腰だけではなく、心にも痛み止めを打って試合に臨んだのだろうか。
試技の後、愛おしそうにバーベルをハグする彼女の姿が世界に配信された。

管理人は、ロンドン五輪の嶋本麻美選手の姿を思い出していた。
4年前、彼女の6本目の試技は失敗に終わった。

自分が落としてしまったバーベル。
行き場を失い、悲しく転がるバーベル。
悔しさと切なさが入り混じったような目でそれを見つめ、追いかけるようにそのバーベルに手を伸ばしていく彼女。

彼女はバーベルに恋している!?
その時、そう思った。

三宅選手も、バーベルに恋しているのだろうか。

挙がっても… 挙がらなくても…
リフターにとってバーベルは、時に家族よりも長い時間を共に過ごす運命共同体。
誰にも言えない悩みも、人知れず流した涙も知っている。

バーベルにとっても、自分に存在価値を与えてくれるリフターは大切なパートナー。
リフターなくして輝くことはできないから。
「挙がって!」と祈る以上に、バーベル自身が「落ちたくない! 挙げてほしい」と願っている。
その身をリフターたちの手に委ね、“彼ら”はひたむきに軌道を描く。

プラットホームの中央で、パートナーと共に喝采を浴びるため…。

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バーベルをハグする三宅選手
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バーベルに接吻する海外の男子選手たち
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(IWFのPhotogarallyより)