親愛なる貴方へ…

リフター魂30 安藤美希子選手(平成国際大学)

全日本選手権2連覇

「安藤美希子」で検索すると「安藤美希子応援ブログ」なるものがヒットする。
覗いてみると、その内容が実に熱い。
こんなに愛されている安藤選手とは、いったいどんなリフター?と、彼女につながる記憶の糸をゆっくりと紐解いてみた。

過去に一度だけ、管理人は彼女と接点を持つことができた。
2年前の全国高校選抜大会である。
58キロ級で高校記録を持っている彼女が、2階級を通して記録保持者となるために、増量して63キロ級で臨んだ大会である。
有言実行。
高校新記録を打ち立てて優勝した彼女は、この大会の最優秀選手にも選ばれた。
(ちなみに男子の最優秀選手は、ジュニア記録を更新した南部工業の玉寄公博選手^^♪)

翌日、管理人は試合会場で北國新聞の朝刊を探していた。
前日の結果をどう伝えているかを知りたかったからだ。
見つからないのであきらめて観戦していると、前方にそれらしきものを持っている人を発見。
埼玉栄高校の加藤仁先生である。
管理人はそっと近づき、「先生、ちょっと見せていただいてもいいですか」と声をかけた。
もちろん先生は快諾。
先生が開いておられた頁には、安藤選手の活躍が大きく伝えられていた。
管理人は、そこに掲載されている彼女の写真を見て思わず絶句した。
その写真からは、女子高生の可憐さは微塵も感じられない。
体じゅうの筋肉が自らの存在を主張し、全身の毛が逆立っているかのような、まさにその瞬間を捉えた1枚だった。
「本当はもっと可愛いですよね〜」と、近くで観戦していた人がフォローした。

そこへ安藤選手本人が登場。
加藤先生は、彼女にその写真を指差して見せられた。
「実物はこんなに可愛いのに^^;」と管理人。
「この2秒後だったら、もうちょっとマシだったと思うんですけど…」と安藤選手。
そして彼女はその場から去って行った。
衝撃的な出会いだった。

当時、彼女は膝の半月板を痛めていて、だましだまし競技を続けていたようだ。(それでも日高新!!)
獲れるタイトルは全部獲りたいということで、その夏の全国女子大会の後、手術の予定でいたようだ。

が、結局・・・
夏の大会は棄権という結果に終わり、最後の高校日本一のタイトルを掴むことは叶わなかった。
けれどもそれは、さらに大きなタイトルを獲るために、彼女が通らなければならない試練だったのかもしれない。

膝を治し、大学生になって臨んだ昨年の全日本選手権において、彼女は日本新記録で優勝を飾り、その後も大会ごとにさまざまな記録を樹立している。
そして迎えた今年の全日本選手権。
自らが持つ日本記録を更新し、圧倒的な強さで女王の座を守った。
そんな彼女の視界には、ロンドン五輪も入ってきた。

狙えるタイトルは全て狙い、記録に対しても貪欲に、飽くなきハンターであり続けてほしいと思う。
頼もしい応援団と共に。

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安藤美希子選手(平成国際大学)

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リフター魂29 全国高校選抜大会

☆男子62キロ級☆

やはり、この二人の一騎打ちとなった。
明石北高校の生頼永人選手と加悦谷高校の本田大智選手。
共に高校1年生である。

中学校時代、階級は違ったが、試合会場で顔を合わせていた二人。
当時、下の階級である本田選手が、生頼選手よりはるかに重い重量を成功させていた。

川畑勉監督の秘蔵っ子として、鳴り物入りで加悦谷高校に入学した本田選手。
生頼選手は、兄の佑馬選手がいる明石南ではなく、父の俊秀氏が監督を務める明石北高校へと進んだ。
チームの即戦力となった本田選手に対し、兄の陰に隠れているかのように見えた生頼選手。
そんな彼が昨年後半になって、がぜん輝き始めた。

年が明けて、二人には決戦の場が準備されていた。
1月の近畿選抜、そして3月の全日本ジュニア選手権である。
同重量を成功させながら、体重差でいずれも本田選手に軍配が上がった。

そして迎えた全国選抜の舞台。
小雪が舞う金沢の地で、両者の対決に決着がついた。
6キロの差をつけて、生頼選手が表彰台の一番高い場所に立ち、今大会の最優秀選手にも選ばれた。
本田選手の背中を追い続けてきた彼が、それを捉え、ついに追い越した瞬間である。

この春、2年生に進級した二人。まだまだ彼らから目が離せない。

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生頼永人選手(明石北高校)


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リフター魂28 ジュニア選手権が終わって

旅立ちの春

南部工業から巣立って行った、玉寄、久米、両選手の昨年のジュニア選手権大会での活躍を、1年前にこのブログで伝えた。
あれから1年。その間に日本が体験した大きな悲しみを知ってか知らずか、淡々と時は流れ、またこの季節が巡ってきた。

ジュニア選手権は、いつしか管理人に旅立ちを連想させるものとなった。
期待に胸が高鳴る高揚感と、大切なものを手放さなければならない寂しさと、二つの顔を持って、この季節は管理人のもとを訪れる。

先輩たちの大きな背中を追い続けた南部工業の3選手が、母校の名を背負って戦う最後の公式試合、ジュニア選手権大会に臨んだ。
平良勇祐、平仲浩也、新垣悠太の3選手である。

管理人が南部工業と出会ったとき、彼らは1年生だったので、彼らとは長い期間、触れ合うことができた。
直接、彼らに会うのは年に数回だが、地区大会での活躍や、日々の練習での自己ベスト更新などは、屋良先生から報告を受けていた。
会うたびにたくましくなり、目の輝きが増していく彼らの姿があった。

同じ中学校出身で、当時は野球をやっていたという彼ら。
「勇祐がレギュラーで、平仲と新垣はイレギュラー(笑)だった。勇祐に追いつこうと、二人は必死に頑張っていた」
これは、屋良先生の言葉である。

そろって南部工業に入学した彼らは、バットをバーベルに持ち替え、その戦いの場はプラットホーム上となった。
刺激し合い、深まる絆に比例して、その記録はぐんぐんと伸びていった。

そしてこの春から、戦いの場は大学へと移る。
育んだ友情はそのままに、キラキラと輝いた真っ直ぐな瞳でウエイトと向き合ってほしい。

光の中を歩む君たちへ・・・ 「卒業、おめでとう」

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左から平良勇祐選手・平仲浩也選手・新垣悠太選手(昨年のインターハイにて)


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リフター魂27 橋本建郎監督を偲ぶ

昨年の山口国体が終わって約1ヶ月後。
11月6日、ウエイト界の底辺を支えてきてくださった、ひとつの灯火が消えて行った。
逝かれた方は、関西大学の橋本建郎監督である。
関大で選手たちと向き合う一方で、未来を見据えて子供たちの指導にも力と心を注いでこられた方である。

バーベルに魅せられた一人の存在は実に大きく、そのもとで多くの選手が育って行った。
関西学生ウエイト界を代表する白草竜太選手もその一人である。

まぶたを閉じるその時まで、ウエイトの発展を願い、小さな炎を内に燃やし続けておられたことだろう。
棺に眠る監督の天国への旅支度は、関大のチームジャージだったと聞く。

管理人は、生前の監督と言葉を交わした記憶はないが、試合会場で幾度もすれ違っていたはずである。
同じ空間で熱い時間を共有させていただいた者として、心から哀悼の意を表したい。

ウエイトを愛し、ひたすらに駆け抜けてこられた一筋の道。
感謝の気持ちを花束にして、橋本監督へ贈りたいと思う。

どうぞ安らかに。

(来月、大阪ウエイトリフティング協会主催で"橋本監督をしのぶ会"が執り行われる)


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故 橋本建郎監督

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監督が心血を注いで指導してこられた関大重量挙部道場


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リフター魂26 強さの秘訣?

南部工業と管理人の出会いは2009年のインターハイであるということは前にも述べた。
その際、少し驚いたことがある。

試合会場で、管理人は屋良先生と2階最後部席で観戦していた。
その6〜7席斜め前方に数名の南部工業の選手がいて、管理人たちとの間には少し距離があったように思う。
ふと、先生がある選手の名前を呼ばれた。
屋良先生の声は低く、それほど通る声でもない。
試合会場という多数の人が集まっている場所である。
特に大きな声で呼びかけられたわけでもないので、聞こえないだろうと思った次の瞬間、選手がこちらを振り返った。
名前を呼ばれた、その選手だけが・・・
しばらくして、また先生が別の選手の名前を呼ばれた。
するとやはり、呼ばれた選手だけがこちらを振り返った。
小さなことだが、管理人にはとても不思議に思えた。

その後、南部工業と触れ合う機会が増え、監督と選手たちの間にある信頼関係、絆の深さを垣間見るにつれ、そのことも納得できるようになった。

高みを目指し、日々練習に励んでいる選手たち。
好調の時、不調の時、その時々にそれぞれの状態に応じて的確に導いてくれる指揮官の言葉。
アスリートとしての彼らの耳と心は常に研ぎ澄まされ、道しるべとも言える指揮官の声には敏感である。

どのような雑音の中にあっても、自分の名を呼ぶ指揮官の声を聞き分け、決して彼らはそれを聞き逃すことはない。
それが・・・南部工業の強さの秘訣かもしれない。

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1年後のインターハイで団体優勝を達成


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