今回の記事は、管理人の独断と偏見に基づくものであることを、最初に断っておきたい。
(わざわざ断らなくても、全ての記事がそうなのだが…)

管理人の中には、大切に温めている「ベスト審判」がある。


まず「ジュリー」。
何と言っても、故岡本実氏である。

リフター魂94 逝く人を偲び、往く年を思う


次に「公式記録員」。

公式記録員は審判に含まれないかと思うが、あえて選んだ。
“ベスト”ということなので一人に絞るべきところだが、甲乙付け難く、そこはゆる~く、園家恭一先生と上田貢氏をペアで挙げたい。

両氏は、とても楽しそうに仕事をされている。
また、管理人の好きな下記のアナウンスも、ほぼ入れてくださる(^_^.)

リフター魂50 生頼永人選手
(この記事の後半部分を参照)

以前、上田氏に「今度、上田さんのこと、ブログに書いてみたいです。公式記録員のことを…」と言うと、「いえいえいえいえ…」と後ずさりされた。
そして、園家先生を前面に出して「園家先生… 計算委員長ですから…」と。

いずれにしても、このお二人… 魅力的である。


そして魅力的と言えば、「テクニカルコントローラー」。
ウエイトの試合で、こういう仕事があることを知ったのは、この人の存在があったからである。

末廣誠氏。

ウエイト観戦を始めた頃、関西に住む管理人は末廣氏のお仕事ぶりを見る機会が多かった。
テクニカルコントローラーは、他の審判に比べて動きがあるのでキャラが立ちやすい。
全国の大会などでも気になるテクニカルコントローラーがいるけれど、それでもやはり末廣氏が群を抜いている。

とにかく豪快でアツい。
はっきりしていて、わかりやすい。

エントリー数の多い試合では、1キロ刻みで頻繁に重量変更が行われる。
迅速、且つ的確に対処し、放送席と連携を取って競技の流れを止めないように尽力する役どころ。
それに加え、適宜シャフト整備の指示なども…。
その名の通り、コントローラー。
サッカーで言えば、“司令塔”である。

リフター魂60 テクニカルコントローラー

この記事も、末廣氏をイメージして書いたものである。
最近は、関西の試合でジュリーをされていることも多いが、管理人の中では最強のテクニカルコントローラー。
末廣氏と言えばテクニカルコントローラー、テクニカルコントローラーと言えば末廣氏である。


先日、5年ぶりにインターハイを観戦した。

わずか1時間の観戦だったが、その試合の布陣が上記の「ベスト審判」だった。
岡本氏の姿がないのは残念だったが、公式記録員席には園家先生と上田氏。
試技板の裏には末廣氏。
それだけでも、観戦を楽しめる条件が整っていた。


あとは、レフリーとタイムキーパーの“イチオシ”が見つかれば、管理人の「ベスト審判」が完成するのだが…
動きの少ない仕事ゆえ、よほど個性が光らなければ厳しいかな~


以上、非常に中途半端な状態ではあるが、管理人が選ぶ「ベスト審判」でした(^_-)-☆
仕事のできる男は、問答無用でクールなり♪

この記事は、管理人の私見バリバリの記事であるということを、念押ししておきたい^^;


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インターハイで観戦したのは、62キロ級Aのジャークである。
上記3氏が脇を固めたこの試合。
もちろん主役は選手である。
本当は、こちらをメインに書かなければいけないところだが^^;

この試合で完全優勝を果たしたのは、飯田高校の1年生だった。
SDCのメンバー、山下立真選手。
浅田浩伸・久美夫妻の愛弟子、山下ウエイト4兄弟妹の次男である。

試合後、「心臓が止まりそうでした」とおっしゃる浩伸氏の目には、うっすら光るものが…
浅田夫妻を見ていて思う。

人は、他人の子供をこんなにも愛せるものなのだろうか…と。

リフター魂88 浅田久美先生とSDC


(次回は、全国中学生選手権の記事を書く予定)

昨日あたりから、テレビなどでしばしば耳にする「奈良判定」。
奈良県在住の管理人は、この言葉に過敏に反応してしまう。
ボクシングのこの問題について、ここで書くつもりはない。

ウエイトリフティングもまた、判定競技である。

リフター魂72 判定競技

上記の他にも、度々判定については記事の中で触れてきた。
管理人はレフリーをやったことがないので、正直、レフリーの気持ちはわからない。

「今の、OKなの?」とか、逆に「ちょっと厳しくない?」などと、同伴者と無責任なジャッジをしながら試合の行方を見守っている。
時には、“赤率”の高いレフリーを探すことに焦点を当ててみたり…
その時々に、模索しながら観戦を楽しんでいるウエイトファンの一人である。

過去の判定についても、いろいろと心に温めていることがあるが、今日は時間がないので具体的には触れない。
またの機会にゆっくりと…

「奈良判定」に心乱される管理人である。

今回も、まずはこの記事の答え合わせから…

リフター魂93 愛媛国体③ 成年105キロ級

正解は、田中太郎選手。
圧倒的な安心感を与えてくれる名前である。
この名の持ち主が、今年の全日本選手権で105キロ級スナッチの日本新記録を樹立し、吉本氏の最後の名前を消した。

昨年、ジャークとトータルで18年ぶりに日本記録が更新されたとき、記事にあるように管理人は一抹の寂しさを覚えた。
けれども今回はそのような感情は沸き起こらず、むしろ新階級に移行する前に、20世紀の記録が塗り替えられたことに安堵感を抱いている。
記録は消えても、記憶は残る。

昨年、管理人が感傷的になった一因は、国体の試合会場の雰囲気にあるのではないか。
国体では、成年105キロ級の試合が2日目の最終に組まれている。
昼間、観戦していた地元の人たちは帰路につき、選手やコーチ陣も翌日以降の試合に備えて宿舎へ戻っていく。
ひしめいていた試合会場には空席が目立つようになる。
数年前は、「良い試合なのにもったいないな」と思っていたが、次第にそれが心地良くなった。
この試合を純粋に観たい人だけが残っている観戦席はどこか神聖で、そこにいる人たちは、この試合に招待された観客のように思える。
プラットホーム上で繰り広げられる熱戦とは対照的に、静かに暮れ行く街の風景。
勝者が決まる頃には夜の帳が下り、辺りは深い闇に包まれる。
試合会場の中にいながら、そういった外の様子を感じ取ることができるのである。
その不思議な感覚が、管理人をセンチメンタルな世界へと誘ったのかもしれない。

105キロ級の試合は、いつまで観られるのだろうか。
階級再編のニュースに、心が揺れる今日この頃である。


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田中選手、持田選手、白石選手、そして吉本氏(高校時代は砲丸投げ?)も通過したインターハイ。
今年のインハイは、「2018 彩る感動 東海総体」である。
今週末には、ウエイトリフティング競技も始まる。

管理人にとっても、高校ウエイトは原点である。
こんな世界があることを教えてもらった9年前の初観戦。
何でも知っているような顔をして生きてきたが、世の中はまだまだ知らないことで満ちている。
ウエイトリフティングは、管理人を謙虚にさせてくれた。

高校生の試合を観なくなって久しいが、今夏のインターハイ、久しぶりに観戦してみるか!?
新しい何かに出逢えるかも…

昨年の愛媛国体の記事

リフター魂91 愛媛国体①
リフター魂92 愛媛国体②
リフター魂93 愛媛国体③

この流れで、次は105キロ超級の試合について書くつもりだった。
他にも愛媛国体関連で書きたい記事はいろいろあったのだが…。

昨年末よりタスク満載の日々が押し寄せ、ブログの更新がままならず。
ようやく落ち着いた頃には、ソメイヨシノが開き始めていた。
時機を逸した感があるので、それらの記事は別の機会に書くことにしよう。

ソメイヨシノは見頃を過ぎ、その花びらを散らせたが、今日に至るまでブログを更新する気が湧いてこなかった。

そんな中、管理人のリフター魂を呼び覚ましたのは、姉のこの言葉である。
(管理人はリフターではないが^_^;)

「どちらか言うと、駆け引きよりも気合のガチンコ勝負に魅せられる。
相手が何キロ挙げようとも、それ以上に挙げればこっちの勝ち」

当たり前のことである。
けれどもこの一言が、管理人のハートを射抜いたのである。

そうだった!!
ウエイトリフティングは、そういう競技だった!!
(今さら何を言っている!?)

あの初観戦の日…。
金属と金属が触れ合う乾いた音。
バーベルが床へ帰る落下音と振動。
試技ごとに繰り返される沈黙と歓声。

異次元空間へ誘われたようなあの不思議な感覚から9年。
管理人の中で、ウエイトリフティングは複雑なものになっていたような気がする。

細かいルールや制約はある。
ただ挙げれば、それで良いわけではない。
けれども、最終的に一番重い重量を挙げた人が勝者となるという点では、非常にシンプルでわかりやすい競技である。

時に気が遠くなるような退屈な練習の繰り返し。
それに耐えた人が掴み得る栄光。

すべては勝負のプラットで、最も重いバーベルを挙げるため。


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SANYO_DIGITAL_CAMERA_35_convert_20180413111241.jpg

どこかで使いたいなと思っていたこの写真。
2015年の和歌山国体での一枚である。
左から、村上英士朗選手(富山)・近内三孝選手(福島)・松岡猛紀選手(熊本)・知念光亮選手(沖縄)

松岡選手が、憧れの選手たちと記念撮影をしていたのだろうか。
そこへ通りかかった管理人。
「私にも一枚撮らせて」と言うと、うろたえ始める松岡選手。
「いや… あの… 僕は… この人たち、すごい人たちなんで…」

「ナショナルメンバー、すごいのはわかってる。だから撮らせて」と、管理人。
すると今度は近内選手が「僕はナショナルじゃない」と言い出す。
「(世界)ジュニア、出てただろう…」と、知念選手。

もうわかったから…
だから黙って撮らせて!!

ということで…
ようやく撮らせてもらった一枚である。

「僕はナショナルじゃない」と言っていた近内選手。
彼は今、69キロ級日本記録保持者である。

岡本実氏へ、感謝を込めて…


無常の風は時を選ばす…
2017年11月19日21時7分、岡本実氏が旅立った。

日本ウエイトリフティング協会第9代専務理事。
1951年9月29日に生を受けられ、御年66歳のご生涯だった。

管理人は、岡本氏の“ジュリー”が非常に好きだった。
フットワークが良いと言うか…
試合中、しばしばジュリー席から立ち上がり、進行席の方へ歩み寄って行かれる。
試合よりも、その行動を目で追う方が楽しかったこともある。

2012年のインターハイ。
大会前半には試合会場にあった岡本氏の姿が、後半になって見受けられなくなった。
どうやら、銀メダルを携えてロンドンから帰国する三宅宏実選手を出迎えに行かれたようである。
残念がる管理人を、高校生リフター君たちが慰めてくれたものである。

その年の岐阜国体。
大会2日目、トレードマークの髭を整え、会場に現れた岡本氏。
試合を観戦される三笠宮瑤子女王の説明役を仰せつかったとのこと。
前年、その大役を果たされた篠宮氏から、瑤子女王の反応が薄いと聞かされていた岡本氏は少し緊張気味。
約20分の任務終了後には、ホッとしたご様子だった。
三宅選手の銀メダルの話題に触れると、瑤子女王が微かに微笑まれたとか。

ジュリーの仕事に対しても、忠実な方だった。

三宅選手と八木選手の初の直接対決となった2014年の全日本選手権。
メディアも注目し、テレビカメラが入る中で、信念を持って三宅選手の判定を覆した岡本氏。

リフター魂61 全日本選手権2014①

タイムキーパーの慈悲心にも目を瞑らない。
タイムオーバーを理由に判定を覆したことも…

是を是とし、非を非とする(荀子)

管理人のウエイト観戦に、ある種の愉しみのエッセンスを加えてくださった方であることは間違いない。

冬枯れの景色の中で届く別れの知らせは切なさを秘めて、しじまの中を時間だけが通り過ぎて行く。

日本ウエイト界の歴史を背負い、未来への展望を胸に、ひたむきに駆け抜けてこられた岡本氏。
季節の風には敏感でも時代の風には流されない、誇り高きその人生に献杯!!


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全ての憂いも悲しみも、過ぎ行く2017年が持ち去ってくれる。
そして心優しき2018年が、宝石を携え、今、扉の外に立っている。