~インターハイから3か月~

先日、岩手県北上市の方々が集っておられる場で、「北上夜曲」のメロディーに触れる機会があった。
心が震えるような切ない旋律に、みんなが涙する中、管理人の脳裏には3ヶ月前に訪れた岩手の光景が鮮やかに蘇った。

北上川は、岩手から宮城を経て太平洋へと注ぐ東北最大の河川である。
宮沢賢治や石川啄木もその作中に取り上げているように、地元の方々にとって"母なる川"と言える。
北上川を背景に作られた甘く切ない「北上夜曲」は、作者不詳のまま口から口へと歌い継がれ、全国に広がっていった曲である。
その誕生から約20年後、岩手に住む菊池規氏と安藤睦夫氏が10代の頃に作った曲であることが判明し、北上市に作者の筆による立派な碑が建立された。
作詞した菊池氏が、現在の奥州市江刺区(ウエイトの試合会場となった場所)の出身で、二人がその近くで出逢ったため、奥州市の2ヶ所に、「北上夜曲発祥の地」という碑が控えめに建てられている。

3ヶ月前、震災の傷跡癒えぬ状態で、高校生アスリートと多くの関係者を受け入れてくれた東北の地。
現地で触れ合った人々は誰も皆、優しく温かかった。
タクシーの運転手さんが「関西の方から見ると、岩手の人間はおっとりしていてイライラするでしょう」とおっしゃった。
管理人は、即座に答えた。
「震災の時、東北の方々の人柄のおかげで、世界中から日本が賞賛されました。非常事態の中で秩序を守り、常に穏やかだった皆さんのおかげです」と謝意を伝えた。
白熱した試合会場から一歩外へ出ると、たおやかに傍らを行き過ぎる時の流れに心癒される4日間だった。

北上川は、昔も今も変わらずに豊かな流れをたたえている。
復興に向けて、雄雄しくたくましく立ち上がって行く地元の方々の傍らに、「北上夜曲」のメロディーはいつも寄り添っている。


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北上夜曲歌碑

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北上夜曲発祥の地 碑


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ウエイトリフティング選抜大会観戦のため、今頃、金沢にいるはずだった。
あの大地震が日本を襲うことがなければ・・・

3月11日午後2時46分、時が止まった。
多くの貴い命と財産、想い出を持ち去った未曾有の大津波は、高校生アスリートの夢をも持ち去って行った。
地震発生から日を追うごとに被害の甚大さが明らかになり、高体連に加盟する競技は、ほぼ足並みを揃えるかたちで選抜大会の中止を決定した。
出場枠が限られている選抜大会への出場資格を勝ち取り、大会に向けて練習に励んできた選手たちの気持ちを思うと非常に残念だ。
そんな中、高野連は予定通り選抜高校野球の開催を決定し、創志学園の野山主将の選手宣誓が日本中に響き渡った。
高校球児たちのひたむきなプレーが、被災地をはじめ、日本に元気を与えてくれることを願う。

被災地の方々の心に寄り添いたいと、みんなが思っている。
今、自分に何ができるか。
日本中の人が自らに問いかけていることだろう。
何もできなくても、微笑みかけることはできる。
あの日、止まった時は、もうすでに動き始めている。

「がんばろう!日本」

日本が元気を取り戻したら、きっとまた会えるから。


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