2018/07/31

リフター魂96 105キロ級

今回も、まずはこの記事の答え合わせから…

リフター魂93 愛媛国体③ 成年105キロ級

正解は、田中太郎選手。
圧倒的な安心感を与えてくれる名前である。
この名の持ち主が、今年の全日本選手権で105キロ級スナッチの日本新記録を樹立し、吉本氏の最後の名前を消した。

昨年、ジャークとトータルで18年ぶりに日本記録が更新されたとき、記事にあるように管理人は一抹の寂しさを覚えた。
けれども今回はそのような感情は沸き起こらず、むしろ新階級に移行する前に、20世紀の記録が塗り替えられたことに安堵感を抱いている。
記録は消えても、記憶は残る。

昨年、管理人が感傷的になった一因は、国体の試合会場の雰囲気にあるのではないか。
国体では、成年105キロ級の試合が2日目の最終に組まれている。
昼間、観戦していた地元の人たちは帰路につき、選手やコーチ陣も翌日以降の試合に備えて宿舎へ戻っていく。
ひしめいていた試合会場には空席が目立つようになる。
数年前は、「良い試合なのにもったいないな」と思っていたが、次第にそれが心地良くなった。
この試合を純粋に観たい人だけが残っている観戦席はどこか神聖で、そこにいる人たちは、この試合に招待された観客のように思える。
プラットホーム上で繰り広げられる熱戦とは対照的に、静かに暮れ行く街の風景。
勝者が決まる頃には夜の帳が下り、辺りは深い闇に包まれる。
試合会場の中にいながら、そういった外の様子を感じ取ることができるのである。
その不思議な感覚が、管理人をセンチメンタルな世界へと誘ったのかもしれない。

105キロ級の試合は、いつまで観られるのだろうか。
階級再編のニュースに、心が揺れる今日この頃である。


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田中選手、持田選手、白石選手、そして吉本氏(高校時代は砲丸投げ?)も通過したインターハイ。
今年のインハイは、「2018 彩る感動 東海総体」である。
今週末には、ウエイトリフティング競技も始まる。

管理人にとっても、高校ウエイトは原点である。
こんな世界があることを教えてもらった9年前の初観戦。
何でも知っているような顔をして生きてきたが、世の中はまだまだ知らないことで満ちている。
ウエイトリフティングは、管理人を謙虚にさせてくれた。

高校生の試合を観なくなって久しいが、今夏のインターハイ、久しぶりに観戦してみるか!?
新しい何かに出逢えるかも…
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2014/06/20

リフター魂62 全日本選手権2014②

日高新

長い人生の道のり中で、3年間…。
バーベルに高校時代を捧げた、一握りのリフターに与えられる称号。
「日本高校記録保持者」
麗しい響きである。
が、高校卒業後に記録を凌駕され、その称号を奪われたなら、もはや自らの手でそれを奪還するすべはない。


宮本昌典選手

本来の69キロ級ではなく、62キロ級での出場となった全日本選手権。
沖縄の先輩たちが持つ高校記録を更新するべく、階級を下げてのエントリーである。

スナッチでは、次に試技を控える上地克彦選手の目の前で、彼が10年間保持し続けた記録をあっさりと更新。
続くジャークでは、同じ戦いの舞台に立っている糸数陽一選手が持つジャークとトータルの記録に挑戦。
ジャークの更新はかなわなかったものの、トータルの高校記録一覧から、偉大な先輩の名前を消し去った。

レスリングを諦め、小学校6年生の時から、恩師・平良真理先生を慕ってウエイトと向き合ってきた彼。
あどけなさが残る中学校時代、沖縄でアイドル的な存在だった。
そんな彼が、強くなったものである。
沖縄のレスリング協会理事長を務める彼の父・裕二氏の瞳に、ウエイトで高校の頂点に立った息子の姿はまぶしく映っていることだろう。

今月半ばに行われたブロック大会は主戦場である69キロ級にもどり、生頼永人選手が昨年樹立したスナッチの高校記録を更新した。
高校生活も残り数ヶ月。
さらなる新記録樹立に挑む。

※参照 宮本選手関連記事 リフター魂47 男子62キロ級


柏木麻希選手

1年生の時から高校生の大会で負けなしだった彼女が、全日本選手権で高校新記録を樹立した。
彼女の憧れである京都の先輩・斎藤里香選手が10年以上前に打ち立てた69キロ級3種目の高校記録。
その一つ、スナッチの記録を更新した。

元競技者である両親のDNAを受け継ぎ、父・佳久氏の指導の下で、小学校5年生の時からシャフトを握る彼女。
そのスナッチのセンスは、現役時代“スナッチャー”(管理人は、敬意を込めてこう呼んでいる)だったという父親譲りのものなのだろうか。
父親の指導の下で競技をやっている男子選手はたくさん知っているが、女子選手はあまり多く知らない。
(三宅父娘という大きな存在があることは、もちろん承知しているが…)
可愛い娘が重い鉄の塊を持ち挙げると言い出したとき、父は最初に何を思うのだろうと時折考える。

宮本選手が沖縄でそうであったように、彼女もまた、そのルックスと性格ゆえに、京都で非常に愛されて成長したリフターである。

今月半ばのブロック大会では、全日本選手権で樹立した自らの記録をさらに更新。
ウエイト一家の期待の星は、同じリフターである姉や弟と切磋琢磨しながら、さらなる記録更新に挑む。


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3月の全国高校選抜大会で、最優秀選手に選ばれた宮本選手と柏木選手。
5月の全日本選手権で共に日高新を打ち立て、6月のブロック大会で新たな記録を樹立。
その視線の先にあるものは、「TOKYO 2020」の表彰台♪
(管理人が頼りにしているサイト、公式記録員の上田貢氏のHPからお借りした写真)
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2014/06/05

リフター魂61 全日本選手権2014①

トップリフターの証し!?

白か赤。成功か失敗。
二つに一つ。
時に厳しい判定は、世界の舞台で戦うトップリフターへの洗礼かもしれない。


糸数陽一選手

社会人として初めて臨んだ全日本選手権。
自らが持つ日本記録の更新に向けて挑んだジャーク。
1本目を決めて、続く2本目。
頭上に差し上げたものの足元が定まらず、ブザーを待たずにバーベルは床へと返って行った。
不本意な失敗である。
が、手応えは十分だった。
重量を増加し、日本新への挑戦となった3本目。
バーベルを高々と持ち挙げ、レフリーの前でピタリと静止してみせたのは、王者の意地だったのか。


三宅宏実選手

八木かなえ選手との初の直接対決となった全日本選手権。
スナッチが終わって、体重差で三宅選手がリード。
そしてジャークへ。
挙げたと思った三宅選手の2本目は、審議の結果、判定が覆って失敗。
その後、八木選手が3本目を失敗した時点で、体重差で三宅選手の優勝は確定した。
が、そのまま終わらせなかったのは女王の意地か。
重量を増加し、ロンドン以降、成功しなかったという111キロを満身の力でジャーク。
ジュリー団に、ロンドン五輪銀メダリストの底力を見せ付けた。


白 or 赤。
成功。それとも失敗。
厳しい判定は、リフターの戦意を喪失させることもあれば、高揚させることもある。
上記の2選手は、間違いなく後者である。
そしてそれは、日の丸を背負って世界と戦うトップリフターの証しでもある。


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判定スイッチ
赤と白のボタンがあるだけ。
本当に…それだけである。
レフリーはその目で見て、次の瞬間、いずれかのボタンを押す。
管理人には、絶対無理(>_<)


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金沢総合体育館にて撮影

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ジュリー席と進行席を結ぶホットライン
(競技会規則には、自動接続電話と記されている)
“ホットライン”と呼ぶには(管理人がそう呼んでいるだけだが)、あまりにも非情な場面で使用されることが多いツールである。
「今時、無線じゃなくて有線なんですよ」と、公式記録員の園家恭一先生が説明してくださった。
白から赤へ…
無情な宣告は、そのコードを通って伝えられる。
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