2018/10/08

ザ・高校チャンピオン

佐藤康太郎選手(宮城県農業高校)

今年の福井国体。
成年の試合が終われば観光して帰路に就く予定でいたが、天候が不安定だったため、そのまま試合会場に留まった。
会場の居心地が良かったこともあって…。

今の高校生のことは全くわからないが、試合会場は試合以外にも観る対象がたくさんあり、飽きないものである。

2階席で寛ぎながら、69キロ級の試合をボーっと観ていた。
地元の大声援の中で福井県の選手が試技を終え、もう終了だと思っていたら、まだ1回も試技を行っていない選手が一人残っていた。

重量が一気に跳ね上がる。
1回目で優勝を決めると、2回目で山根選手が持つ高校記録を超えてきた。
同様にジャークも。
自らが持つジャークの記録、そして宮本選手が持つトータルの記録も塗り替えた。

先輩たちが苦労して樹立した高校記録をいとも簡単に(か、どうかはわからない。管理人は、彼のこれまでを知らないので)凌駕した彼。

隣で、法政大学の平良監督が、「今、高校生で一番強い」とおっしゃった。
管理人はその言葉をさらっと聞き流したのだが、後で考えた。

今の高校生で一番強い?
69キロ級で一番という意味ではなく、全階級を通して一番強いということ?

インターハイの結果を確認した。
その通りである。
そして、今大会の結果も。

裏を返せば…
重量級は何をしている!?
それとも、彼が強すぎるのか!?

バルセロナ五輪代表の和夫氏を父に持ち、宮城県からやって来た彼。
佐藤康太郎選手。

名前を覚えたからには、彼の今後に目を注ぎたい。
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2018/09/30

覚悟を決めて

管理人は、飛行機が好きである。
けれども、少し揺れただけで死んでしまうのではと怯える小心者である。
それでも好きである。
だって、空を飛べるのだから。

この時期になると思い出す。

2014年長崎国体。
ウエイトの初日は、台風接近により大荒れだった。
飛行機の欠航が相次いでいたため、前日に陸路で長崎入りする人が多かった。
管理人はスケジュールを動かすことができず、台風の中、飛行機が飛んでくれることに賭けた。

前夜遅くまで、台風情報や航空会社のHPと睨めっこ。
早朝に目覚めると、再びチェック。
欠航の文字は見当たらない。

行くしかない!!
空港へと向かう。
早々に保安検査場を通過し、搭乗口にて待機。
掲示板を見つめながら、アナウンスに耳を傾けていた。
出発予定時刻が近付いてくる。
欠航というインフォメーションはない。

ついに、搭乗案内が始まった。
そこで初めて、現地の天候により引き返す旨のアナウンスがあった。

「そんなの、今頃言われても…」と近くの人が言っていたが、とにかく飛ばしてくれることに、管理人は感謝した。
飛ばした以上、現地に着陸させたいはず。
が、実際に引き返した機もあったので安心はできない。

座席は3分の1も埋まっていなかっただろうか。
離陸し、水平飛行に入った。
機内は静まり返っている。

しばらくして、機長から現地の天候を伝えるアナウンス。
機内サービスは諦めていたが、揺れる機内でドリンクサービス(火傷の心配がない冷たいドリンク限定)が始まった。
嵐の中で搭乗してくれた乗客への、“お・も・て・な・し”か。
機内の空気が、少し和んだように感じた。

機長は、この飛行機を長崎空港へ降ろすつもりだ。
その時、そう確信した。

着陸態勢に入り、降下に伴っていよいよ激しく揺れる機体。
誰も、何もしゃべらない。
エンジン音が響く。
窓の外は、何も見えない。
その時間は、非常に長く感じた。

そして、わずかな衝撃と共に視界に飛び込んできたのは、長崎空港の滑走路である。
ソフトランディングだった。

「墜落する前に、心臓麻痺で死ぬかと思った」と口にする乗客たち。
無事に着陸したからこそ、言える言葉だろう。

小心者の管理人だが、その時は、意外にもそれほど恐怖を感じていなかった。
それよりも…
大自然の猛威の中、長崎空港の滑走路を目指してひたむきに進む、小さな翼がたまらなく愛おしかった。

こんな大きな鉄の塊を、空を飛ばすことを考えた人類。
さらには、道具を使わずに200キロ以上の鉄の塊を頭上に持ち挙げることを考えた人類。
人類って、素晴らしい!!
そんなことを思っていた。

飛行機で長崎入りすると、覚悟を決めた管理人。
飛行機を飛ばすと、覚悟を決めた機長、運行管理者。
そしてその飛行機を長崎に降ろすと、覚悟を決めた機長。

人が覚悟を決めた時、何かが動く。

あれから4年。
もうすぐ福井国体。
選ばれしリフターたちには、覚悟を決めてプラットホームに立ってほしい。

そうすれば…
きっと奇跡が起こる。


2014長崎国体の記事
リフター魂68 長崎国体記念全国中学生選抜大会
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2017/11/23

リフター魂93 愛媛国体③

成年105キロ級


リフター魂76 和歌山国体①
「20世紀の記録が消える日」
105キロ級 白石宏明選手・持田龍之輔選手


この記事を書いて2年。
18年ぶりに、日本記録が動いた。

「吉本氏の記録、215キロを先に超えてくるのはどちらなのだろう。」
2年前、この記事をそう結んだ。
まずは、その答え合わせをしておこう。

正解は、持田選手である。
今年5月の全日本選手権で、彼がジャーク216キロを成功させた。
が、その直後、白石選手がそれを上回る217キロを挙げ、この時点で白石選手の名が残った。

さらに8月、持田選手が220キロを成功。
ジャークの現日本記録保持者は彼である。

今国体で、また動くのだろうかと試合の行方を見守った。
その期待を裏切ることなく、持田選手がトータルでも日本新記録を樹立した。

1999年から、世紀をまたいで105キロ級日本記録の欄に刻まれ続けた“吉本久也”という名前。
それが二つ消えた。

リフター魂70 記録の呻き

この記事にも書いたように、管理人は、彼の記録が破られる日を待望していた。
けれども実際に彼の名が二つ消えた時、一抹の寂しさを覚えたのも事実である。
それは、一つの時代が終焉を迎える虚無感のようなものだった。

日本人初の400キロリフターとなった吉本氏。
2大会連続で五輪出場。
最重量級での五輪出場も、彼が日本初。
多くの重量級リフターに希望を与えた。

ところが、2回目の出場となったシドニー五輪では、右足靭帯損傷のため途中棄権。
痛い足を引きずりながら、日本から駆けつけた応援団のもとに挨拶に行き、その後、病院へ向かったという。
シドニー五輪後、傷心の中で郷里へ戻った彼。
国際大会には区切りをつけたが、怪我から復帰後、国内ではやはり最も重いバーベルを挙げていた。

光と影を背負いながら時代を創った男の名が、18年の時を経て消えて行く。
その名が消えても、彼の功績が色褪せることはない。

スナッチの欄に、ただ一つ刻まれる“吉本久也”の名。
それを消して、新たな時代を創るのは誰なのだろう。


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持田くん、おめでとう\(^o^)/


“愛媛国体シリーズ” まだ続くよ♪
94キロ級、105キロ級と来れば、次は…
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2017/10/25

リフター魂92 愛媛国体②

成年94キロ級


94キロ級のエントリーリストに彼の名があった。
85キロ級日本記録保持者の山本俊樹選手である。

すでに世界選手権の代表に選抜されていた彼。
減量を回避してのエントリーだったのか。
もちろん、彼はこの階級でも十分優勝を狙える力を持っている。
実際、94キロ級ジャークの日本記録は、今年の8月に彼が叩き出したものである。

管理人は、この階級の日本記録が非常に気になっている。
スナッチはわずかに85キロ級のそれを上回っているものの、ジャークとトータルは下回っている。
この現象へのもやもや感を、彼が解消してくれることを期待しつつ観戦していた。

94キロ級トータルの日本記録を有しているのは、今も現役で国体の表彰台をキープし続けている平岡勇輝選手である。
彼から「日本記録保持者」の肩書きを取り上げることは忍びないが、全てこの世は諸行無常。
記録は新陳代謝を繰り返しながら更新されていくべきである。

誤解がないように言っておくが、新陳代謝されるべきは記録であって、選手そのものではない。
「後進に道を譲る」という言葉があるが、スポーツの世界でそれは当てはまらない。
強い者が勝つ。
譲られなくとも、超えて行けば良いだけである。

管理人はサッカー(ナショナルチーム)ファンだが、全盛期の頃のキングカズ(三浦知良選手)があまり好きではなかった。
けれども今、精神と肉体を鼓舞しつつ、なおもユニフォームを着続ける彼を少し好きなってきている。

平岡選手のように長きに渡り活躍している選手の試技を観られることが、管理人の国体が好きな理由の一つでもある。

今大会では、平岡選手の日本記録は消えなかった。
団体戦において、優先すべきはより多く得点することである。
連覇がかかったチームのポイントゲッターの一人である山本選手は、きっちりとその仕事を果たし、兵庫を連覇へと導いた。

期待していたジャークとトータルの日本記録更新はなかったが、スナッチでそれが実現した。
日本新記録を樹立したのは、木下竜之選手である。
体重85.58キロ。
エントリーメンバーの中で最も体重の軽い彼が、最も重いバーベルを挙げた。

山本選手とは同郷で、高校時代から切磋琢磨してきた間柄。
学生時代、兵庫のために戦かってきた彼は、福井に拠点を移し、福井代表としてプラットホームに立った。

これまでスナッチの日本記録を持っていたのは、現在、福井県所属の吉岡祐司選手である。
その記録を破り、彼が日本新を打ち立てた瞬間、福井県の関係者が飛び上がって喜び、握手を交わしていた。
その光景を見たとき、彼は「チーム福井」の一員になったのだなと思った。

管理人は国体の記事を書くとき、「郷土愛」や「郷土の誇り」をいう言葉をしばしば用いてきた。
誰しも生まれ育ったふるさとがある。
そしてまた、第二のふるさとや第三のふるさとを持っている人もいるだろう。

人生の長い旅路の中で、一つのふるさととして来年の国体開催地である福井を選んだ彼。
一年後の福井しあわせ元気国体では、地元の大きな声援を受けながら、彼は福井のために戦うことだろう。


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試合後、取材を受ける木下選手
こっそり撮ろうと思っていたら、カメラ目線をくれたサービス精神旺盛な彼

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こちらは地元の大声援を浴びてジャークで2位に入った愛媛県代表の矢葺士選手


“愛媛国体シリーズ”は次回、成年105キロ級を取り上げる予定
(気が変わらなければ^^;)
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2017/10/14

リフター魂91 愛媛国体①

チームおきなわ ~王国再建へ~


過去16度の総合優勝を誇るウエイトリフティング王国沖縄が苦しんだ。

全日本選手権王者の宮本昌典選手が、大会直前に腰を痛め欠場。
比嘉貴大選手に召集がかかったのは、試合の5日前だった。
しかも一つ下の階級、77キロ級での出場である。
体重はダウンさせつつ、モチベーションをアップ。
調整不足は否めない。

総合で上位に入ることは、チーム沖縄に課せられたミッションである。
もちろん、目指すところは優勝である。
国体のプラットホームを想い出作りの場にすることは、王国のメンバーには許されない。

9位以下なら失格も同じ。
失敗しても… 失敗しても…
得点圏内の8位のラインを見据えて大幅に上げられていく重量。
容赦ない重量アップにひたむきに挑み続ける彼の姿に心が痛んだ。
かつて完全優勝を果たした経験もある彼の今回の結果は、スナッチ、ジャーク共に記録なし。

その後、今大会に調子を合わせてきた新垣悠太選手(85キロ級)が上位に入ったものの、学生リフターの屋良一郎選手(94キロ級)と知念光亮選手(105キロ超級)は、国内外連戦による疲れや怪我の影響で、本来の力を発揮することが叶わなかった。
成年の試合が終わって、まさかの14位。

続く少年3選手が確実に得点し、女子選手の健闘もあり、最終的にチームを総合4位にまで押し上げた。
辛うじて、王国の面目を保ったと言えるかどうか…
ビミョーなところである。

思えば、パスポートを携えて国体に参戦していた復帰前。
将来、16度の総合優勝を果たすことを、誰が想像しただろうか。
熱いハートを持って立ち上がった男たちのパッションが、ウエイトリフティング王国沖縄を誕生させた。

リフター魂5 ウエイトリフティング王国沖縄
リフター魂39 壺屋焼に思う ~琉球王国からウエイトリフティング王国へ~

管理人が初めて国体観戦をした2012年岐阜国体からチーム沖縄は4連覇。
昨年は準優勝である。

走り続けてきた沖縄には、少しの休養が必要だったのかもしれない。
しばし休んで疲れを癒したなら…
再び目覚め、ウエイト王国再建へ!!


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試合後、沖縄のテレビ局の取材に真摯に対応する比嘉選手
最後まで、よく頑張ったね\(^o^)/


管理人にとって、2年ぶりの国体観戦♪
“愛媛国体シリーズ”は、しばらく続くよ(^_-)-☆
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