2018/09/30

覚悟を決めて

管理人は、飛行機が好きである。
けれども、少し揺れただけで死んでしまうのではと怯える小心者である。
それでも好きである。
だって、空を飛べるのだから。

この時期になると思い出す。

2014年長崎国体。
ウエイトの初日は、台風接近により大荒れだった。
飛行機の欠航が相次いでいたため、前日に陸路で長崎入りする人が多かった。
管理人はスケジュールを動かすことができず、台風の中、飛行機が飛んでくれることに賭けた。

前夜遅くまで、台風情報や航空会社のHPと睨めっこ。
早朝に目覚めると、再びチェック。
欠航の文字は見当たらない。

行くしかない!!
空港へと向かう。
早々に保安検査場を通過し、搭乗口にて待機。
掲示板を見つめながら、アナウンスに耳を傾けていた。
出発予定時刻が近付いてくる。
欠航というインフォメーションはない。

ついに、搭乗案内が始まった。
そこで初めて、現地の天候により引き返す旨のアナウンスがあった。

「そんなの、今頃言われても…」と近くの人が言っていたが、とにかく飛ばしてくれることに、管理人は感謝した。
飛ばした以上、現地に着陸させたいはず。
が、実際に引き返した機もあったので安心はできない。

座席は3分の1も埋まっていなかっただろうか。
離陸し、水平飛行に入った。
機内は静まり返っている。

しばらくして、機長から現地の天候を伝えるアナウンス。
機内サービスは諦めていたが、揺れる機内でドリンクサービス(火傷の心配がない冷たいドリンク限定)が始まった。
嵐の中で搭乗してくれた乗客への、“お・も・て・な・し”か。
機内の空気が、少し和んだように感じた。

機長は、この飛行機を長崎空港へ降ろすつもりだ。
その時、そう確信した。

着陸態勢に入り、降下に伴っていよいよ激しく揺れる機体。
誰も、何もしゃべらない。
エンジン音が響く。
窓の外は、何も見えない。
その時間は、非常に長く感じた。

そして、わずかな衝撃と共に視界に飛び込んできたのは、長崎空港の滑走路である。
ソフトランディングだった。

「墜落する前に、心臓麻痺で死ぬかと思った」と口にする乗客たち。
無事に着陸したからこそ、言える言葉だろう。

小心者の管理人だが、その時は、意外にもそれほど恐怖を感じていなかった。
それよりも…
大自然の猛威の中、長崎空港の滑走路を目指してひたむきに進む、小さな翼がたまらなく愛おしかった。

こんな大きな鉄の塊を、空を飛ばすことを考えた人類。
さらには、道具を使わずに200キロ以上の鉄の塊を頭上に持ち挙げることを考えた人類。
人類って、素晴らしい!!
そんなことを思っていた。

飛行機で長崎入りすると、覚悟を決めた管理人。
飛行機を飛ばすと、覚悟を決めた機長、運行管理者。
そしてその飛行機を長崎に降ろすと、覚悟を決めた機長。

人が覚悟を決めた時、何かが動く。

あれから4年。
もうすぐ福井国体。
選ばれしリフターたちには、覚悟を決めてプラットホームに立ってほしい。

そうすれば…
きっと奇跡が起こる。


2014長崎国体の記事
リフター魂68 長崎国体記念全国中学生選抜大会
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2018/09/24

柏木父娘の場合

何年前になるだろう。
今でも忘れられない光景がある。
場所は、大阪・はびきのコロセアム。

不本意な結果のようだった。
当時、大学生だった柏木悠里さん(現・鳥羽高校WL部顧問)は6本の試技を終え、プラットを降りると、着替えもせずに観戦席の父・佳久氏のもとへ向かった。
隣の席は空いていたが、彼女はそこには座らなかった。
佳久氏の真正面に膝をついて対峙し、父の言葉に真摯に耳を傾けていた。

5分? いや10分?
そんなに長い時間ではなかったかもしれない。
けれども管理人には非常に長く感じられた。
しばらく二人から目を離すことができなかった。

管理人の心の中を見透かしたかのように、隣に座っていた姪が言った。
「悠里ちゃん、柏木先生にいつも敬語やで」
そして、反対側に座っている姉に「私、お母さんに敬語使うなんて考えられへんわ」と言っているのを、遠くに聴いた。

なおも管理人は、父と娘を見つめていた。

娘というのは、父親のことを恐ろしく嫌う一時期を通過するものである。
それは、健全な子孫を残すために、遺伝子的に近い異性を遠ざけようとする生物としての本能(主に匂いによる)に起因すると言われている。

それゆえ管理人は、思春期の娘に嫌われていると嘆く世のお父さんたちを、しばしば励ましてきた。
「それは本能だから仕方がないよ。その時期を耐え抜いたら、また戻ってきてくれるから… でも、例外もあるよ。」
慰めておいて、最後に再び地獄に突き落とす^_^;

何事にも例外はあるものの、かつて父親を嫌っていたが、今は大好きだと言う多くの娘たちを、管理人は目の当たりにしてきた。
過去に約1500組のブライダルMCを担当したが、「両親への手紙」に、それらの思いを率直に綴る数百人の花嫁たちを実際に見てきたのである。

話を戻そう。

そういったデリケートな時期を、父と娘という関係だけではなく、師弟という関係で過ごした柏木父娘。

悠里さんにもまた、父親を避けたいと思った時期があったのだろうか。
それとも、どこまでも尊敬すべき師だったのだろうか。

こればかりは、管理人の想像力が及ばない。
機会があれば、本人に聞いてみたいものである。

彼女が姪と話している姿を見て感じたその礼儀正しさは、父の教え?
それとも、恩師のそれ?
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2018/09/22

リフター魂100 ウエイトリフティングブログとして

ウエイト界に、何か”コト”が起こると、ブログのアクセスが増える。

例えば三宅宏実選手の五輪メダル獲得など、国内外で選手が活躍すると、それに呼応するようにアクセス数が伸びる。
たいていは、そのように良き”コト”の場合が多い。
他のウエイトリフティングブログにも、同じような傾向が見られるのではないか。
ところが今月、それとは違う”コト”でアクセス数が伸びた。

この記事が、リフター魂シリーズ100番目の記事となる。
「リフター魂100」を一つの区切りにしようと思っていたので、それにふさわしい内容を探していた。

ウエイト界に激震が走るような爆弾を投下して、このブログを閉じてしまおうかと考えたりもしたが、どうやら爆弾は別のところから投下されたようである。
そもそも管理人は、そんな爆弾を保有していないし-_-;

スポーツ界を取り巻く昨今のさまざまな報道は巨大なエネルギーを持ち、ともすると判断力を鈍らされてしまう。
人は普通に歩いていても、地面を這っている虫を、気付かずに踏むこともある。
一連の流れに、胸に手を当てて自らにこう問いかけずにはおれない。
「私は、誰かを傷つけてはいないだろうか…」と。

WL協会前会長の小池百合子氏は、しばしば「アスリートファースト」とおっしゃってきた。
「TOKYO 2020」を控えた都知事としての言葉ではあるが、現会長も、当然それを継承されているはず。
父親である前に、多くの選手を預かる代表監督であるはず。

9年前に初めて観戦したインターハイで、選手のTシャツの背中に見つけた“リフター魂”の文字。
その美しい響きに心奪われ、それから約1年後、リフター魂シリーズをスタートさせた。
“記念すべき”「リフター魂100」を、このタイミングで書くことになった。

100番目の記事を送り出したら、ブログを閉じないまでも、形態を変更しようと思っていた。
ところが今回のアクセス数の異様な推移に心が揺れ、ウエイトリフティングブログという立ち位置で、このまま継続させることにした。

今後、記事のタイトルに“リフター魂”とは付けないが、このワードはブログタイトルに冠して残す。
これからは軽めの記事も書いていく。
もちろん、重い記事もアップする。
「重量挙げ」だから^_^

2020年夏。
このブログを含め、ウエイトリフティングブログのアクセス数が、過去最高に伸びることを期待しつつ…
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