突然だが…。

管理人にとって、尊敬する人は母。ライバルは姉である。
姉とは、生き方も考え方もまるで違う。
共通点と言えば、血液型とウエイトファンということくらいだろうか。

国や自治体の審議委員などを多く務めてきた彼女は、問題提起を使命と心得、厳しい目線で物事を見つめている。
そんな彼女が、いつからこんな優しい文章を書くようになったのか…。

過去の一時期、彼女は某企業の会報(毎月発行)にエッセイを連載していた。
その中に、ウエイトに関するものがある。
リフターだった彼女の娘(管理人の姪)の卒業式の日のことを振り返り、母の目線で書いたものである。

3年前に書かれたものだが、卒業シーズンを迎えた今、関係者の了承を得てここに掲載させていただくことにした。
リフターに限らず、今春巣立って行くわが子を持つ全ての母へ贈りたい。


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旅立ちの春(2012年) 

3月1日は高校の卒業式だった。
母はこの日初めてウエイトリフティング部の部室を訪ねた。
娘が過ごした3年間、一日も休まず練習に励んだウエイト部の練習室。

顧問のN先生の指導のもと練習に汗を流した思い出の場所である。
バーベル・シャフト・円盤・体重計・ホワイトボード、いろんな器具や道具がそこにあった。
15年前に着任されたN先生が、少ない予算の中で長い時間をかけて揃えられたものだ。

雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も部員を見つめ続けた練習道具たち。
室内をぐるりと見渡してみる。
壁には色褪せた寄せ書き、写真、賞状もあった。
そのひとつひとつが部の歴史と営みを物語っていた。
記録表に記された部員の名は、全部で10人あまり、いつの時も少人数での活動だった。
そして今でも3人だけのウエイトリフティング部である。
歴代の先輩たちがN先生と練習を重ねた大切な空間、澱んだ空気が切なくいとおしい。

一昨年の夏、娘は主将となりいっそう練習に身を入れた。
来る日も来る日もシャフトを握り、夢中でバーベルを挙げていた。

そして迎えた最後のシーズンに、新入部員はひとりも来なかった。
セコンドに記録員にと3人がフルで試合に臨んだ最後の1年間、決して強いチームではなかった。
けれども、大きな大会・小さな大会、足を運び続けた母はその頑張りをいつも近くで見つめてきた。

長い人生のわずか3年、短い物語を紡ぐようなウエイト部での日々。
しばし佇んで母は部室を後にした。
帰り際、校門脇に掲げられたままの応援ボードを見上げてみる。

『~~祝・ウエイトリフティング全国大会出場 ○○○○さん~~』

出場はしたけれど結果が残せなかった夏の全国大会、・・・そして引退。
ウエイト競技は高校まで、いつの頃からかそう決めていた。
4月から新しい舞台へと踏み出す娘、その門出を応援ボードの文字が静かに見つめていた。
母は校旗を振り仰いだ。
そして深く頭を下げてつぶやいた。
『さようなら高等学校、さようならウエイトリフティング部』
いつもの道、さわやかな風、気さくな駅前商店街・・・3年間娘を見守ってくれたすべての人、すべての景色へ、心からの感謝をこめてありがとうございました。

そして・・・今。
初めて部室を訪ねたあの卒業の日から、まもなく2度目の春を迎える。

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リフター魂11参照

リフター魂72 判定競技

リフター魂70 記録の呻き

comment iconコメント ( 1 )

コメント、ありがとうございます

昨年、ウエイトを始められたとのこと…
ウエイト人口が増えることは、嬉しい限りです。
目標に向かって頑張ってください。

名前: 管理人 [Edit] 2015-03-23 11:48

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