20世紀の記録が消える日


105キロ級 白石宏明選手・持田龍之輔選手

彼らは“ガチ”で来た。
いや、それは当然のことなのだが…。

昨年より日程的に余裕があるものの、11月にリオ五輪の枠獲りがかかった世界選手権を控えている彼ら。
今大会、日本新に挑んでくるとは思わなかった。
と言うより…
失礼ながら、彼らがそこまでの力をつけているとは思っていなかったのである。

男子105キロ級の日本記録は、3種目とも1999年に樹立された吉本久也氏のものである。

参照 「リフター魂70 記録の呻き」

上記の記事に出てくる“知り合いのリフター君”(沖縄国際大学の屋良一郎選手のことである)は、その時こう語った。
「吉本さんはもう競技をしていない。でも、持田さんたちは全盛期。このまま行けば、新記録は生まれる」と。

その話をしたのは今から1年くらい前である。
彼らが練習でどれだけ挙げているかは把握していなかったが、試合結果だけを見ると、その時点では、日本記録との間にはまだ開きがあった。

今回、彼らが挑んできたのはいずれもジャークの日本新。
結果は失敗だったが、練習では挙げているのか、その成功をイメージできるまでに彼らは成長していた。
吉本氏の記録、215キロを先に超えてくるのはどちらなのだろう。

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日本新は生まれなかったが、大会新を樹立

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古い写真だが、2人のツーショットはこれしか見つからなかった(NTC食堂にて)
プラットの上ではライバルでも、普段は仲良し。
試合会場でも、しばしば行動を共にしていた。


85キロ級 山本俊樹選手

彼もまた、20世紀の日本記録に挑んできた。
20世紀最後の年、2000年に樹立された鈴木和美氏のジャーク、195.5キロを上回る196キロに挑戦してきたのである。
(0.5キロ刻みというのが、いかにも時代を感じる)

プラットホーム上で、バーベルを力強く差し上げた彼。
判定が出るよりも先に、拍手と歓声が試合会場を飲み込んだ。
長い時間が通り過ぎたように感じた。
「もう少し頑張って」と思いながら、判定器に白いランプが点灯するのを待っていた。

と、その時である。
「あれっ、バーベル降ろしちゃった…」
自分の目を疑った次の瞬間、ブザーが鳴り、赤いランプが3つ点灯。

プラットホーム中央で、しばし呆然と佇む彼。
あの大歓声の中でブザーの音を確認するのは難しかったかもしれない。

試合後、彼とニアミスすることはあったが、その話題には触れなかった。
きっと何度も同じことを言われ、何度も同じことを答えていただろうから。

翌日、新記録樹立の一覧を見ていると、すぐ近くに彼の姿を発見。
その話題に触れずにはいられなかった。

気持ち切り替えていたのか、それとも悔しさを内に隠していたのか、その胸の内は計り知れないが、彼は強気で語った。
「今回出せなくても、次に出すだけです。
練習では挙げてるので、試合にさえ出ていれば(日本新は)出ます。
古い記録は、どんどん消していかないとダメです!」

その通り!!
過去の記録は、ショーウインドーに飾って眺めるものではない。
年齢制限のない日本記録は逃げて行くことはない。
彼が言う“次”に期待することにしよう。

参照 「リフター魂44 屋外練習場」
彼の原点、高校時代の練習場“バーニングステージ”の記事

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山本選手の代わりに、がんばくん…
(昨年の長崎国体で彼がGetした優勝の副賞)


20世紀からの日本記録は他にもまだたくさん残っている。
世紀が変わって15年。
やがて、21世紀生まれのリフターたちが活躍する時代が訪れるだろう。
20世紀の記録は、20世紀に生まれ、新世紀の幕開けを見たリフターたちに塗り替えてほしい。
そして彼らが走り終えたとき、そのバトンを21世紀のリフターたちへ託してほしいと思うのである。

リフター魂77 和歌山国体②

リフター魂75 国体マスコット

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