昨年の夏、天国へと旅立つ若い命を見送って8ヶ月。
(参照 「リフター魂73 星になった君へ」
その追悼記事も書けないうちに、また一つ、さらに若い命の灯火が消えた。

3月9日。
弥生の風に運ばれて、川満健作君が旅立った。
ひたすらに命を燃やした20年余りの人生である。

沖縄の南部工業高校から金沢学院大学へと進み、その生涯のおよそ3分の1をウエイトと共に歩んだ。

「記録より記憶に残る選手」という言葉がある。
全国大会で活躍するような選手ではなかったかもしれないが、間違いなく彼はウエイトの神様に愛されたリフターである。
彼にとってプラットホームは戦いの場所ではなく、喜びの空間だったのではないだろうか。

高校時代、彼は一度インターハイの舞台に立った。
南部工業の他の選手の試技をドキドキしながら見守っていた管理人だが、彼がプラットホームに現れると、なぜかドキドキ感は全くなく、リラックスでき、「思いっきりこの時間を楽しんでほしい」と心から思えたのである。
(もちろん彼は一生懸命だったが…)

6年前、金沢の兼六園を一緒に訪ねたことがある。
チームメイトに心を配り、いろいろと世話を焼いていた姿が懐かしく思い出される。

ご両親に対しても、彼はその心配りを忘れなかった。
病との壮絶な闘いの日々。
相当な痛みがあっただろうに、ご両親を気遣い、それを表には出さなかったという。
「ウエイトのお陰です。ウエイトをやって、息子の人生は充実したものになりました」
哀しみの中で、ご両親はそう語られたとか。

振り返れば20数年前、その小さな手に夢をいっぱい握りしめて生まれてきた彼。
その手でバーベルを挙げ、その手で多くの人のもとへ幸せを届けた。
彼の夢は、いくつ叶ったのだろうか。

ピュアなハート。
他者を傷つけない生き方。
命は眩しく輝いて、こんなにも愛おしいということを、存在そのものをもって教えてくれた彼。
真っ直ぐな眼差しで明日を見つめ、ひたむきに命を生き抜いた勝利の人生を称えたい。

果てしなく続く時の流れの中で、限られた時間を生きる人の一生。
同じ時代に生き、出逢えた“奇跡”に思いを巡らす別れの春。

柔らかな弥生の風が、想い出を運ぶ。


SANY0094_convert_20160312143804.jpg
川満君のご両親が寄贈された部旗
参照 「リフター魂36 北信越総体② 応援旗」

SANY0116_convert_20160312145214.jpg
2012年8月 インターハイ試合会場にて
部旗の下で、高校・大学のチームメイトの新垣悠太君と

(金沢学院大学ウエイトリフティング部のFacebookに、3ヶ月前のインカレに応援にやってきた彼の写真が掲載されている)


ちょうど今頃、彼の告別式が執り行われていることだろう。
この記事を、川満健作君に捧ぐ。
安らかに…

リフター魂81 あれから6年…

リフター魂79 和歌山国体④

comment iconコメント ( 2 )

金沢学院大学ウエイトリフティング部広報担当の者です

金沢学院大学ウエイトリフティング部広報担当の者です。私たちの大好きな健作さんについての記事を読んで改めて健作さんの偉大さを感じシェアをさせて頂きました。

名前: 金沢学院大学ウエイト部 [Edit] 2016-03-21 22:53

みんな大好きな健作君

この記事を見つけてくださって、ありがとうございますm(__)m

彼が亡くなったのは3月9日。
「健作らしく『サンキュー』と言って亡くなった」と、ご両親がおっしゃったとか…

アットホームな金沢学院ウエイト部で、チームの一員として過ごした4年間は、彼の宝物でしょうね♪

名前: 管理人 [Edit] 2016-03-22 22:25

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)