2013/03/05

リフター魂45 白草竜太選手

「みんな、めちゃめちゃカッコいいよ」
全国各地で活躍する学生リフターと交流のある姪から、彼らのプライベートの様子を聞くことがある。
管理人は試合会場での彼らしか知らないが、“今”を生きている彼ら。
それなりにオシャレも楽しんでいるようである。
ウエイトリフティングが判定競技であるということも踏まえ、彼らなりにオン・オフを切り替えているのだろう。

そんな中、自らのスタイルを貫いてきたリフターがいる。
白草竜太選手。1990年生まれの22歳である。

4年前にウエイトファンになった管理人に、姪はいろんな選手の写真を送ってきてくれた。
その中の1枚が彼のものだった。
彼の名前も、どんな選手かも知らなかったが、その写真からオーラを感じたのである。
それから約1ヶ月後、インターハイの試合会場で実際に彼に会った。

思い切って、失礼な質問を投げかけてみた。
「そのヘアスタイル、試技のとき、ひっかからない?」
「時々ひっかかってる」と、軽く返してきた彼。
髪がひっかかっても成功させるのが、彼の強さである。

小学校5年生のときにウエイトと出会い、故橋本建郎監督の下で、結果が数字で表れるその面白さを覚えた。
インターハイ連覇というおみやげを携えて、高校卒業後、恩師・橋本監督がおられる関西大学へと進んだ。
ジュニア記録の更新など、大学でも活躍した彼だが、4年生の秋、天国へと旅立つ恩師を見送ることとなった。

そのすぐ後に臨んだ試合で、連続して打ち立てた大学新。
場所は、彼と監督二人にとってのゆかりの地、大阪・羽曳野である。
魂の嗚咽が聞こえてきそうな極みの一挙げは、ウエイトの資質を見出してくれた亡き恩師への恩返しだったのだろうか。
「天まで届け」とばかりに差し上げられた重量175キロのバーベル。
シャフトの両端に赤いディスクが秩序正しく並んだ、その端正なフォルムは、彼の美学の象徴ようにも思えた。

大学卒業後、和歌山に拠点を移した彼。
昨年の岐阜国体では、本調子ではなかったものの得意のジャークで優勝を飾った。
「チームきいちゃん」の一員としての今後の活躍が期待される。

完成された肉体と、独自の哲学を持つ男。
今月、彼は23歳の誕生日を迎える。
23枚目の頁に、彼はどんな絵を描いていくのだろうか。

77㎏級 白草竜太 CJ156
4年前、姪から送られてきた白草選手の写真
人物 | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示