知念光亮 VS 村上英士朗

2011年の北東北総体で、105キロ超級を制したのは1年生だった。
中学校時代からトップを走ってきた村上英士朗選手(滑川高校)である。
表彰台の一番高い場所に立つ彼を、一人の選手が観戦席から見つめていた。
競技を始めて4ヵ月の知念光亮選手(豊見城高校)である。
震災の傷跡癒えぬ東北で、二人は遭遇した。

1年生チャンピオンの姿は、知念選手の闘志に火を点け、彼を飛躍的に成長させることにつながった。
競技経験の差を乗り越え、昨年の全日本ジュニアで村上選手と同じ土俵に立ち、彼を上回った。
それ以降、105キロ超級の王座と高校記録をめぐる二人のせめぎ合いが始まった。

今年の全国高校選抜は、彼らにとって国内6度目の直接対決である。
膨らんだ蕾、ちらほらと開花した桜が、決戦の地で彼らを迎えていた。

大会最終日。
スナッチでは3キロの差をつけて村上選手がトップに立った。
ジャークの1本目は共に成功。
続く2本目。先に知念選手が成功し、同重量を村上選手は失敗。
後がない最終試技を、彼は重量増加で挑んできた。

そのアナウンスが場内に流れると、管理人の後部座席におられる方が、その勇気ある決断に拍手を送った。
試合が始まってから、熱烈に彼を応援されていた二人である。
その応援に応え、3本目を見事成功。
知念選手のラスト1本を残して、この時点で高校記録を更新して暫定1位につけた。

「よく頑張ったね。次、取られてももういいね。これだけ頑張ったんだから」
そんな会話が後方から聞こえてきた。
思わず、後ろを振り返ってしまった。
「英士朗君の…」と言うと、「親です」という言葉が返ってきた。
確かに、親でなければ言えない言葉である。
「『英士朗君』って良いお名前ですね。どなたが名付けられたんですか?」と尋ねると、「二人で付けました」と。

彼が産声を上げたとき、将来、こんなにも夢を与えてくれる子供に育つことを、ご両親は想像されただろうか。
ただ健康で、幸せな人生を送ってほしい。
その名前には、わが子の輝く未来を夢見る親の思いがいっぱいに詰まっていることだろう。
そして彼もまた、そんなご両親の思いに応えて余りある。

試合は、最後の1本を差した知念選手が逆転で制した。
優勝と日高新に加え、最優秀選手賞というおみやげを携えて、沖縄へと帰って行った。

彼が生まれたとき、体重は4キロ近かったとか。
愛情をいっぱい受けておおらかに育った彼は、中学1年生のとき、すでに100キロを超えていたという。

中学3年生の夏、自宅から車で約5分の場所にある体育館で沖縄総体が開催された。
この大会で全国制覇を果たしたのは、彼の家から200メートルの距離にある南部工業高校である。
地元の高校生の活躍を、彼は目の当たりにしたことだろう。

運命の糸は、翌春、彼を豊見城高校へと誘(いざな)った。
金城政博先生の下でウエイトを始めた彼。
そして約一年後に村上選手との激闘が始まり、今に至っている。

ウエイトリフティングの醍醐味、最重量級で戦う二人に、まだその限界は見えていない。
笑顔がさわやかな彼らは、今春、共に高校3年生になった。
ウエイト界の未来を担う二つの星。
その視線の先にあるものは、日本男子ウエイト界最重量級に君臨する王者、太田和臣選手の背中である。

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リフター魂47 男子62キロ級

リフター魂45 白草竜太選手

comment iconコメント ( 2 )

今年の3月から中学1年の息子がウエイトリフティングをはじめました、体重は113キロあります2人においつけるように頑張ってもらいたいです

名前: 三重県ウエイトリフティングの中学生 [Edit] 2013-06-24 15:32

Re:頑張ってください♪

コメントありがとうございます。

中学1年生で113キロですか~
それは将来が楽しみです。
日本の男子ウエイト界重量級の未来は明るいですね♪

ぜひ、頑張っていただきたいと思います。

名前: 管理人 [Edit] 2013-06-24 16:56

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