「TOKYO」
ジャック・ロゲIOC会長の言葉が、早朝の日本列島を駆け巡った。
2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定の瞬間である。

管理人の脳裏に、2年前の日韓中フレンドリーシップトーナメントで、中国の選手が230キロを差したときの光景が浮かび上がった。
ディスクの重みによってシャフトがしなり、それによって描かれたアーチの美しさに息を呑んだ、あの日の記憶が蘇った。
(「リフター魂24 ザ・重量挙げ」)

7年後の東京で、あのアーチと再会できる。
そう思うと、胸が躍った。

姪の友人に、パワーリフティングの選手がいる。
高校記録とジュニア記録を持ち、海外でも活躍している彼。
遠征の合間に、時折ウエイトの観戦にやってくる。

パワーリフティングは、パラリンピックの正式種目になっているが、オリンピックの種目には入っていない。
彼との会話の中でその話に及ぶと、「ドーピングの問題もあるから…」と、彼の表情が曇った。
そして、彼はこう続けた。
「ウエイトの場合は、技術も必要だから」

パワーリフティング界で名を馳せる彼の口からその言葉を聞いたとき、管理人はウエイトファンとして非常に嬉しく、誇らしく思ったものである。

人は、力だけであんなことはできない。
レオニド・タラネンコ選手の266キロのジャークの動画を見たときに、そう思った。

バーベル離床後、彼の動きに連動してシャフトが上下に弧を描き、それに伴い、両端の幾重にも重なったディスクが、激しく垂直に揺れる。
床に置かれた状態では無機質な鉄の塊でしかなかったバーベル。
それが彼の肉体と一体化したとき、まるで魂を持つ生き物のように躍動したのである。

人は、力だけで、絶対にこんなことはできない。

シャフトが描き出す曲線。
それは、リフターの汗と涙によって生み出された技術が織り成す芸術である。
リフターの思いがバーベルに伝わり、両者が一つとなったとき、そこに生きたアートが生まれる。

力強く、迅速で、美しく、時に繊細なスポーツ。
ウエイトリフティング。

2020年、夏。
「TOKYO」のプラットホームに、いくつものアーチがかかる。


t_RTR201309080001.jpg


エステティックサロンぶどうの木へ

リフター魂52 郷土の誇りを胸に

リフター魂50 生頼永人選手

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)